忍者ブログ
私美学
Atashi-Bigaku:言っちゃえば私が持ってる価値観。わかって欲しいわけじゃなくてただ整理がしたいだけ。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


どうしたらいいのか

そんなことばかり考えている

隣にいるのに

上の空になりがちで

本当に申し訳なく思う。

このまま続けてもいいのか

それとも何かしらの変化を必要とするのか。



きっと思っている以上に

ことばはたくさん知っていて

そしてたくさん溢れているはずなのに

思い当たることばを

見つけ出せずにいる。

表現力が、ない。

足りない。

力不足だといえば

そこまでだろうけど。

私がどうしたいのか

それが一番に重要なことなんだろうけれど

それの選択を

私自身が拒んでいる。

先の見えない不安とか

そんなちっぽけなもののせいで。



創作とか、そんなに簡単なものじゃない。

技術がどうこうじゃなくて、

やっぱり才能なんじゃないかって

そう思ってしまう。

何よりも期限があること

そして制限があること

それが私にとっての一番の障害かもしれない。

創作なら、もっと自由にやらせてくれればいいのに。

決められた手順で

決められた方法で

決められた日時までに

そんなこと言われたって。

まぁ、やるしかないのはわかっているんだけれども。

やる気が起きないのはきっとそれらの障害のせい。

ってことにして逃げておこうと思う。

やるけどね、これから。笑

どう片づけていくのか・・・・・・

でも、将来的な話をしたときにアドバイスよりも先に

それを潰すようなことを言わないでほしい。

そういう可能性を潰す大人は大嫌いだ。

できる人間ばかりじゃないこと

時間のかかる人間もいること

それをわかってほしい。

これは我儘なの?

とりあえず

爪が伸びたせいかキーボード打ちにくい。

前はこの長さが当たり前だったのに・・・・・・
PR
思ったことを少しね。

書きたくなって開いてみた。

久々にPCを開いたら

セキュリティーソフトの期限が切れたみたいで

更新しろってうるさいの。

でもね、そんなお金ないの。

だから少し待ってね。

今度パパに相談してみるわ。



人間っていう生き物は成長していくものなんだな、って。

そう思って。

というか、感じて。

それは身体的な成長も勿論だけど、

ここでは精神的な成長のことね。

この間

友達も同じことを言ってたんだけど

高校を卒業して、大学に入学したり

就職したりって色んな道があって。

自己選択の幅はそれまでに比べたら

一気に広がったでしょ。

そして気付いたら20代を迎えてて。

そのあたりから、人生っていうか

生きることって楽しいんだな、って

思えるようになった。

気付くことができたのほうが正しいのかな?

それまでの人生というか

生きてきた過程の中では

生きている意味だとか

自身の存在意義・価値だとか

今となってはそんなに意味を持つものには

思えないようなことばかりを考えてた。

毎日が充実しているおかげで

あまり小さいことを考えてる余裕がなくなったのかもしれない。

そうやって気付かないまま

少しずつ大人に近づいてるのかもしれない。

それでも、小さいことでくよくよしなくなったこと

それはひとつの成長だと思って。

20歳を迎えるまでの私は

「人生なんて20年でいい」

なんて思ってたりもして。

かと言って20歳になったら死のうとかそういうものではなくてね。

そこで終わってしまえばいいって

ただそれだけのことだったけど。

将来何に繋がるのかもわからないまま

机に噛り付いて必死こいて黒板の文字をノートに写して。

そんな何一つとして意味を見出すことのできない世界で

ほぼ毎日のように同じ出来事を繰り返して過ごして

それでいて生きているなんて

笑っていえるなんて思えなかった。

生きているのか、それとも死んでいるのか

それを確かめるものは日常とはかけ離れた

数少ないささやかな刺激でしかなかった。

でも今は大学という場所に通わせてもらいながら

それなりに学業も頑張って(殆ど手抜きだけど)

それなりにバイトなんかもしてみて(半分遊び感覚だけど)

それなりに色んなところに出かけてみたりして。

視野が広がったっていうのもひとつ。

見える世界が広くなることで

新しい自分に気付くこともできるし

それまでは自分にとって大きなCOMPLEXだったことが

多くの人々と関わることによって

なんともないちっぽけなことだったんだってことに

気付かせてもらえたり。

世の中には色んな人がいるのよ。

そうなってくると結構毎日が楽しく感じて。

日々感情の起伏は激しいけれども

ツライことよりも楽しいことのほうが覚えてるように思う。

ふとした瞬間に嫌なことを思い出したりもするけどね。

うん。

いつだったかに

「人間は死ぬために生まれて、そのために生きる」

みたいなことを聞いたことがあるんだけど。

確かにそうなんだけど

それが人生の最終到達点なんだけど

でもそれが目標みたいな言い方したら

なんか悲しくない?

人間はいつか死ぬってことを知ってるんだから

それならそのLIMITがくるまでに

思う存分、楽しめばいいと思うの。

一度きりしかないわけだし

何より「私」の人生は「私」しか歩めないんだし。

大切に満足のいくように生きればいいと思うんだけど。

まぁ・・・・・・何もかもが上手くいくようにはできてないよね。

でも、それさえも楽しみのひとつとして捉えられたら。

きっと生きていることが

明日がくることが

楽しみに感じられるような気がする。

生きている意味は探したり考えたりするものじゃなくて

生きていく過程でなんとなく気付いていけたらいいんじゃないかな。

私の場合は考えることが面倒になって

放り投げただけなんだけど。

それでも、これから歩んでいく中で

ふと気付けたらいいと思う。

というよりは、もう目一杯楽しんで追われたらそれでいいや。

なんて思ったりもしてる。

だから今は

毎日できる限り悔いの残らないようにしてるつもり。

ほんの些細なことでも自分を誉めること。

例えば化粧のノリが良かったら

毎日のケアのおかげだわ(*´ω`*)

逆にノリが悪かったら

昨日遅くまで仕事を頑張ったからかも・・・・・・

でもそのおかげで今日は別のことができる!!

昨日の自分にお疲れ様(-ω-)☆

そんな感じで。笑

何事も無駄にpositiveにいきます、私。

今日は頭痛がしたけど、天気がよかったから

クッションを陽にあてて干したの。

おかげで気持ちよくぐっすり眠れそう。

最近はなんだかんだ忙しくて時間がなくて

ネイルもずっと直せないままだった・・・・・・

でも久々に直そうと思ったら

思ったよりも綺麗な形で爪が伸びてて嬉しくなった。

中学のときに私の手が好きだって言ってくれた

友達がいたことを思い出したり。



そうそ。

アクセサリーを外して

ネイルもメイクも落として

ありのままの姿で

自然体でいられるとき

そして何も考えずに

ただのんびり過ごすことのできたとき。

凄く幸せだよね。



これからもたまに更新します。
はじめから

おわりまで。

これといって書きたいことはないけれど

なんとなくしゅんとしたから。

何になりたいとか

何を目指しているわけでもなく

ただなんとなく

“人生保険”

そのためだけの大学生活。

5セメもあっという間に半分を

むかえようとしていて。

後輩が内定をもらって。

まだまだ始まったばっかだと思ってた今年度

あっという間に過ぎて

もう梅雨時期が目の前に迫ってきてる。

梅雨があければ夏がきて。

夏が終われば6セメが始まって。

忙しさのあまり気づけば年末で。

きっとそうやって過ぎていく時間。

今年度は始まったばっかのような気がしても。

今年はもう半分が過ぎようとしているわけで。

無意味すぎ焦りと不安。

中学時代の同級生からの

久々のメール。

「もう就職してる?」って。

もう同級生で就職してる人もいるし

中には親になっている人もいる。

そんな中で私は

何か変わっただろうか。

変わっていけているのだろうか。

知るたびに

知られるたびに

距離をおきたくなるのは何故。

知ったことで

知られたことで

相手が変わってしまうのが

怖いから。

むずかしいね。
そんなもの

どこにもない。

だけど

笑っていたい

そう思う。

でもね、

たまにね、

疲れちゃうから。

たまーに

ほんとたまーに

少しだけ

泣くときもあるんだよ。



久々に開くmy note PC

このカタカタとキーボードを打つ感覚。

デスクトップにはないね。

もうそろそろ時計は3:00a.m.

こんな時間に響くのは

カタカタという静かで寂しい音と

携帯電話から流れ続ける今さっきDLしたばかりの

恋愛をうたう歌。

少しだけはげたネイルが

余計寂しくさせる。

忙しい日々をすり抜けて

気付いたらここに立っていて。

慌しく過ぎた日々の記憶は

あまりにも曖昧すぎて。

そこに「私」が存在していたことを

証明してくれるものは

何一つとして、ない。

唯一、財布を開けばそこにある

大量に重なり合った

コンビニエンスストアやドラッグストアのレシートたち。

印刷された日付を確認すれば

24時間を確実に刻んでいる。

きっと中身を覗けばからっぽで

きっと空洞で

そこには鈍い音が響く。

そうだなぁ・・・・・・何て例えればいいのか。

上手い例えが思いつかないけれど。

うん十年(まぁ、たかが20年だけれども)生きてきた中で

今年は物凄く時間の流れが早くて。

気付くと約束の時間がせまっていて

気付くと日付は変わっていて

気付くと夜が明けていて

気付くともう陽は沈んでいる。

きっと

あまりにも

一日を雑に過ごしているのだろう。

っていう反省。

たった今、

音楽を鳴らし続けていた携帯電話の充電が切れた。

慌てて充電器につなぐ私。

こんなふうに人と人との関係も

何気なく繋ぎとめることができたなら

どれだけいいものか。

なーんて思う。

焦って手を伸ばしても

いなくなるときはいなくなる。

そんなもん。

何があったわけでもないけれど。

なんかこういうことを書いちゃう。

思ったことをそのときに羅列するだけの

そんな時間。

どうせ寝たら記憶なんてなくて。

朝になって「そういえば」って振り返って見て

何書いてんだろ、って自分で笑うの。

更新した、っていう記憶はあっても

その内容までは詳しく覚えてなんてない。

だから厄介で。

でも消したりなんてしないけどね。

ふぅ。

どうしたいんだろ。

うーん・・・・・・

とりあえず

もっと大人になりたい。

思考とか内面的なものね。

大人というか・・・・・・しっかりしたい、ね。

いくら表面的に取り繕ったって

ボロがでるでしょ。

限界ってやつ。

もっと「私」らしくいられたらいいのに。

思ったことを書き続けていたい。

でもそれは論文なんて堅苦しい

息の詰まりそうなものではなくて

口語調で今みたいに。

ゆるーくマイペースで書いていけたらいい。

文章がすき。

書くのも

読むのも

どっちも。

いろんなものを読んで

いろんなことを感じていきたいし

そしてそれを

また新たに自分のことばで

伝えていけたらいい。

そう思うの。

芸術に触れていたいと思うのと同じ感覚。

そういうの

やっぱりすきなんだと思う。

何かに真剣に取り組むとき

その真剣に取り組むことのできる「何か」は

いつだって芸術と呼ばれるものに属するもので。

音楽も創作も写真も

ひとくくりにまとめたら

それらは「芸術」でしょ?

まだまだ先は長い

焦る必要はない

何度だってやり直せる

そうは思うものの

保障なんてどこにもなくて

っていう焦燥感に似た感情。

やりたいことは

きっともうはっきりしてる。

それを実行するための

時間と経済力と行動力が

私には足りない。

学校とか投げ出して

どこか行っちゃいたい。

ひとりで生活してみたい。

誰も知らない世界で。

あてもなくふらふら歩くのは得意だけど。

世間の目はなかなか冷たいものです。

ぼーっと空を眺めたいだけなのに

人波の中で立ち止まったら迷惑でしょ?

かと言って

人波から外れた場所で立ち止まり眺める私を

まるで奇妙な生き物を見るような目で見るでしょ?

同じ人間なのにね。

基本的構造はきっとすべて同じよ。

ただ違うのは

中身のほう。

どっちが正解とかはなくて

もしかすると

どっちも間違いなのかもしれないね。

私はきっとそういうところが

他人よりも完成体から遠い部分だと思うの。

でもそれを悪く思ったりなんてしてなくて。

寧ろ有難くて大事にしていきたいくらい。



このうだうだした感じもきっと一時的なもので。

簡単に説明するならば、五月病としよう。

きっとそれが一番早く説明がつく。

とりあえず

気付いたら時計の針は3:00a.m.を回ってしまっているので

そろそろ消灯としますか。

今日もまた窓の外が明るくなった頃に寝るのは

勘弁だからね。

さ。

少しすっきりした。

頭の中を整理するのに

このblogは丁度いい。

だって誰も見てないでしょ?
将来だとか

未来だとか

そんなもの

いくら頭の中で考えたって

それは

想像以外の何でもなくて。



心理学科。

そういうと

「(将来的に)何になるの?」

「大学院まで行くの?」

って

よく聞かれる。

臨床心理士ってね、

大学院に行かないととれないの。

でも別に

心理学やってるからといって

臨床心理士とって

カウンセラーになるつもりなんてない。

そのときにやりたかったから

そんな理由じゃダメなの?

将来的なことまで

考えてないとダメなの?

そんな10代の頃に

自分の将来を決め付ける決断なんて

できっこない。

選択肢なんて多すぎて

未だにふらふらしてる。

誰もがみんな

将来を考えた上で

進路を決断してるわけじゃない。

なのに

何で

そうやって笑うの?

まるで私が

デキナイコみたいに。

まるで貴方が

デキルコみたいに。

いつかその高すぎる鼻が

折れてしまえばいいのに。

ぽっきりと。

梅の木の枝が

折れるように。

ぽっきりと。



心理学を学びたい。

そう思ったのは

自分自身と向き合いたかったから。

今までの自分自身と。

そして自分と周りの関係を

考えてみたかったから。

そのときの自分自身を知りたかったから。

だから

将来的なことなんて

特に考えてなくて。

それは今も変わらなくて。

何になりたいとか

何がしたいとか

そういうのって特になくて。

あぁ、こういう人がNEETとかって

呼ばれるものになるんだろうな、

なんて思ったりもする。

時々ね。

でも

真面目に生きるのは

どうも性に合わない気もして。

いや、元々は真面目なんだけどね。

でも真面目に何かに取り組むのって

意外とエネルギーを要するじゃない。

それって疲れるじゃない。

そうなの。

真面目なんだけどね、

やる気がないの。

救いようのない感じね。

興味のあることにしか

やる気を見出せない。

でもその興味のあることが

多すぎて。

好奇心旺盛だからね。

どこから手をつけていいのかわからない。

優柔不断だからね。

片っ端からやればいいけど

ちょっとやってみたら飽きちゃって。

心理学を続けてるだけ

凄いと思うの。

それくらい飽き性。

ずっと続けているもの

美容関係とピアノ

あとはブログもそうだし

本を読んだり

音楽を聴いたり

誰かと語り合ったり。

そういうことが好き。

ずっと続けられる

飽きないもの。

そういうことは好き。

でも

やろうと思えば

何だってできるんだよ。

PCの操作は基礎的なことなら

充分できるし

これでも毎日新聞やニュースはチェックしてるし

苦手なのは政治と経済。

あと地理。

英語も苦手だけど、わからないわけではなくて

一応だけど理解はしてる。

やろうと思えば

何だってできるんだよ。

じゃなきゃ、

検定なんて取ったりしないし

大学だって行ってない。

やりたいと思えたから

できたんだよ。

やりたいと思ったから

やろうって決められたんだよ。

なんでやりたいかなんて

そこの理由は必要ないんだよ。

だって

やりたいんだもん。

今その勉強がしたいんだもん。

将来とかじゃないの。

今なの。

だから

将来何になるとか

そんなこと知らない。

将来なんて先のことは

そのときがきたら考えればいい。

そうでしょ?



そういえば。

少しずつではあるけれど

関係を修復し始めました。

まぁ、なんとかなるんじゃないでしょうか。

なるようにしかならない

なんとかなる

なんとかなるって言った以上

なんとかするしかない。

それをわかった上で言う

なんとかなる。

うん、

なんとかなるよ。



あぁ、でも。

あたしは何になりたいんだろう。

忍者ブログ [PR]


Designed by A.com
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
フリーエリア
最新コメント
最新記事
(11/05)
(08/24)
(05/30)
(05/21)
(03/29)
最新トラックバック
プロフィール
HN:
葉月
HP:
性別:
女性
職業:
学生
趣味:
多趣味
自己紹介:
テキトーに生きて
テキトーに遊んで
テキトーに学んで
テキトー?適当?
なんでもかんでも「なんとなく」
理由なんて求めちゃダメ。
好きなことして
好きなように過ごしていきたい。
難しいことは考えたくない
なんでもかんでもFeeling
なんとなくでいいじゃない(´∀`)?
毎日うだうだだらだら。
時にふらふらゆらゆら。
でもいきいき。
そんな日々。
今しかできないこと
今だからできること
大切にしたい。
基本的に好奇心は旺盛
でもそれと同じくらい面倒臭がり
面倒なことは大嫌い
とりあえず試して飽きたらポイっ

気分屋人見知り
構われるのは苦手だけど
寂しいから構って欲しい
そんな矛盾だらけ
支離滅裂な思考回路
書きたいこといっぱい!
考えてることいっぱい!
でもまとまらないの(><)
だから少しずつ整理してこ。
バーコード
ブログ内検索
最古記事